"



英蟯虫:2003:


Date 2003/10/11.18

■大草原の小さな家■



■ミネソタの卵売り■

 
前向きな話でもなく後ろ向きな話への対応でもなくただの日程消化のためだけの商用でミネソタに行った。
 目的地がWabashaという街であることは知っていたが何処の州なのかさえ知らなかった。
 現地に飛ぶ飛行機の中でそこがミネソタ州であることを知ったくらいだ。
 商用を完遂するための最低限の準備はして出発したがその他の予備準備はなにもしていなかった。

 ミネソタと言うと卵売りなのだがどこでそんな刷り込みがあったのか色々と思い出してみたが
 納得の出来る答えを導くまでに至らなかった。
 帰ってから色々と検索してみると歌謡曲のタイトルであることが判明した。

  しかしこの歌謡曲自体の記憶が無い。
 多分この曲を聴いて戦後を生きた前の世代の連中が少年漫画(少年ジャンプもしくは少年チャンピオン)
 の中で繰り返し使うことにより”ミネソタの卵売り”というフレーズが刷り込まれてしまったのでは
 ないかと推察出来る。

 それにしても暁テル子という歌手の曲名を眺めているだけで昭和という時代が匂ってくる。
 ”6.チューインガムは恋の味”は何処かで聞いたことがあるかもしれない。

 ”9.東京シューシャインボーイ”とか”5.リオのポポ売り”とかすっごいネーミングで時代を感じる。


  参照サイト

 ミネソタの卵売り
 歌:暁テル子/作詞:佐伯孝夫/作曲:利根一郎

 
  ミネソタの卵売り
  佐伯孝夫 作詞
  利根一郎 作曲


 

昭和を飾った名歌手たち(13)ミネソタの卵売り/暁テル子 [ビクター VICL-60338]
1.南の恋唄
2.これがブギウギ
3.鬼のブギウギ
4.東京カチンカ娘 <暁テル子/羽山和男>
5.リオのポポ売り
6.チューインガムは恋の味
7.パラダイス夢の国
8.ミネソタの卵売り
9.東京シューシャインボーイ
10.りべらる銀座
11.桃太郎ブギ
12.泣き笑いABC
13.乾杯!サラリーマン諸君 <暁テル子/宇都美清>
14.青空パラダイス
15.フラ天国



■Wabasha■

 
そしてWabashaと言う街へ。
  途中でRed Wingと言う街を抜ける。
 昔憧れて手が出なかったライディングに用いることのできるエンジニアリング・ブーツで有名な街だ。
 簡単に言うとつま先に鉄板が入った現場作業用のブーツなのである。
 まだまだ昭和であった頃これらのブーツは片親義男の小説と
 CBS-Sony出版から出ていた「Cycle World」というバイク雑誌によってバイク乗りには知れ渡っていた。

 Wabashaに入る前に”人口2500人”と書かれた看板があった。 
 Wabashaという街は下記に貼り付けた街の案内誌(表紙裏より)の写真に写っている様な街である。
 街の中心にはガソリン・スタンドが2軒、宿が2軒、食堂が数軒、教会が一つあり、
 橋でミシシッピ川を越えると向こうはウイスコンシン州。
 対岸の街まで3マイル。対岸の街の名前はNelsonと言い”人口395名”。
 Nelsonには感じの良いBarが一軒があったが「パトカーが多い!」という説明を聞いていたので
 そのBarでの飲酒は控えて向かいの酒屋で地ウオッカ(ミネソタ州産)を一本だけ買って宿で
 飲むことにした。
 説明してくれた白人のおばちゃんは真剣な顔で「ここいらはパトカーが多い!」と言っていたが
 それはただの冗談であったのかもしれない。
  一週間の間Wabashaの街で見たパトカーは一台だけであった。

 でもまぁ他所で飲酒運転で捕まっても仕方が無いのでWabashaの下町の食堂で
 麦酒を飲んでから宿に帰り、そしてチビチビと地ウオッカを飲んで暮した一週間であった。

  また”Grumpy Old Men”という映画もこの街を主な舞台として作られたということも知った。
  いずれ機会を見付けて観てみたいと思う。

*”Grumpy Old Men” で検索。



黄昏時のミシシッピ川:左岸(右側)はウイスコンシン州


黄昏時のミシシッピ川


Wabashaの下町に一軒だけあるボーリング場
食後に少し腹ごなしでもしようかとBarを出てみると
10レーン全てが満杯の大盛況!なんでもリーグ戦が盛んだとか。


Wabashaの1st Streetにある空き家。
こんな家に住んでみたいとは思う。


対岸のウイスコンシン州にあるNelsonという街の酒屋で仕入れてきた
ミネソタ州の地ウオッカ!
トレード・マークはペンギンでShaker'sという銘柄。
 産地はPrinceton.MN



ここ捨年ほど水の糞不味いところで主に生活しているので
水が美味い所というのは雰囲気でわかる。
Wabashaでは予想したとうり食堂で出されるただの水道水でさえ無茶苦茶美味いのである。
そしてのこの地ウオッカも美味しいのである。

水が美味いと素朴な料理でも素材の味が活きてきてこれまたどれもこれも美味しいのである。
そしてそこに暮す人々の気持ちにも反映されているような気がする。
人間の体の構成物の大半を占める水というものはやはり生命にとって大事なものなのであると思う。


ミネソタ州についての付記:

 フランシスコ・スコット・フィッツジェラルドの出生地はセントポール。
 ボブ・ディランは港町ダルースで生まれて幼少期をヒビングで過ごした。

  浅井信雄著 『アメリカ50州を読む地図』(新潮社)参照 


今回持参した本:(最近は軽量化が主題なのでとにかく文庫本が主体)

『地球はグラスのふちを回る』 開高健 新潮社
 *この本はもう何回か旅の友として携行している。
  何回読んでも飽きず、そして読後には美味しいものを食べたくなる。


『アメリカ』 フランツ・カフカ :中井正文訳 角川文庫
  *無茶苦茶訳文が下手糞である。読み続けることはただの苦痛でしかなかった。
  日本語として機能していない。せっかくのカフカの作品なのだからもっとまともな人に訳をさせればいいと思う。
  とにかく読み切るまでは難行・苦行であった。
  村上春樹くらいが訳してくれればいいのだが。


Wabashaでの食事

火曜日:昼食:工場の食堂:ケータリング:チキン:美味
     夕食:ボーリング場のBar:ハンバーガー:美味
水曜日:昼食:Subway:ツナサンド:そこそこ
     夕食:Slippery's:カナディアン・ウォール・アイ(バターフライ):*1:美味
木曜日:昼食:Slippery's:ハンバーガー:美味
     夕食:中華:焼きそば、焼き飯、四川風牛肉炒め(辛い):美味い!
金曜日:昼飯:Pepinのカフェ:チキン・パスタ:美味! 

*1:カナディアン・ウオールアイは日本には馴染みの無い魚らしくて日本語名が存在しない。

 参照サイト:

http://www.basswave.jp/overseas/global/bondy/bondy3/jon_bondy03.html
http://www.kanehara.jp/miyaku/youyaku/kanehara/002.htm
http://www.kanehara.jp/


Slippery'sのサイト
http://www.google.com/search?hl=ja&inlang=ja&ie=Shift_JIS&q=grumpy+old+men&lr=
http://www.wabashamn.org/businessdirectory/membersplus/slipperys.shtml

以下抜粋&(酷い)機械翻訳
 
Slippery's Tavern & Restaurant
 
Slipperyの酒場&レストラン

Originally just a shack for beer, bait and burgers, Slippery's was made famous by the movies "Grumpy Old Men" and "Grumpier Old Men".  Taking their usual liberties with reality, Hollywood named the bait shop "Chuck's Bait Shop," (in memory of the former police chief of Wabasha because he frequented it so much), and Slippery's Tavern was put elsewhere in town.

The land where Slippery's stands used to be the sight of the old Wabasha Boat Yard and Marina.  Under and around the building we have found spikes and planks used in steamboat building.  The boat yard built and repaired five or more paddle wheelers at a time in it's hay day, about 1900 or so.  The last steamboat built here--the Aquila--sailed out under the old Wabasha bridge in 1948.  The Aquila burned up in a river accident a year later.

The existing facility dates back to 1979 when the shack burned down and Slippery and his wife, Gladys rebuilt it as a resort, with boat rentals and a gas dock.  Slippery was an avid fisherman who was a legend in town due to his quick wit and his knowledge of every good fishing hole in the area.  And believe me, his legend grows with every story about him since his death in 1988.

Slippery's as you see it today has been a bar and restaurant since 1979.  The reason for it's success is also it's biggest problem, the restaurant sits right next to the Mississippi River and attracts many boaters, snowmobilers, eagle watchers and diners seeking the best view, food, beverages, and service in the area.  However, it's close proximity to the river also makes it prone to flooding, which it has done many times over the years.  In river towns like Wabasha, everyone watches the water level closely and if flood is eminent, we can count on the entire population to help keep the flood waters out.  Movie fame or not, Wabasha is a great town and Mary and I are proud and happy to be a part of it.

もとは単なるビール、誘惑およびバーガー用の仮小屋、Slipperyは映画「ラブリー・オールドメン」および「より無愛想な老人」によって有名になりました。現実を備えたそれらの通常の特典をとって、ハリウッドは誘惑店「チャックの誘惑店」(彼がそれに非常に通ったのでWabashaの元警察署長の記憶の中で)を指定しました、また、Slipperyの酒場は、町のどこか他のところに置かれました。Slipperyが立っている土地はかつては古いWabashaボート庭およびマリーナの光景でした。の下で、そしてのまわりで、その、構築、私たちはスパイクを見つけました、また板張りにする、蒸気船建物の中で使用されました。構築されたボート庭および5つ以上の修理された外車汽船は、一度にそれの中に干し草日、約1900年程度です。ここに(鷲座)建造された最後の蒸気船は、1948年に古いWabashaブリッジの下で外に航海しました。鷲座は、1年後に川事故で燃えました。仮小屋が全焼した時、既存の設備は1979にさかのぼります、そして滑りやすい、そして彼の妻、グラディスはボート・レンタルおよびガス・ドックと共に、行楽地としてそれを再建しました。滑りやすいのはそのエリアのすべてのよい魚釣り穴の彼の迅速な機知および彼の知識により町の伝説だった、熱心な漁師でした。また私を信じる、彼の伝説は1988年の彼の死以来彼のすべての話で成長します。あなたとしてのSlipperyは、それが今日1979年以来棒およびレストランだったことを理解します。その理由は成功です、さらにそれである、最も大きな問題である、レストランは、ミシシッピ川の隣りにちょうど座り、最良の視界、食物、飲料およびそのエリアのサービスを求める多くのかんかん帽、スノーモービルドライバー、イーグル・ウォッチャーおよび食事客を引きつけます。しかしながら、それは川への隣接です、さらにそれを洪水(それはその数年にわたってそれを何度も行った)の傾向があるします。川町では、Wabashaのように、誰でも水位を注意深く見ます、また、洪水が卓越している場合、私たちは洪水の水を中に入れないことを支援するために全人口を当てにすることができます。映画評判、Wabashaは大都会およびメアリー、および私です、その一部であることを誇りにしており幸福です。

The screenplays for both "Grumpy Old Men" and "Grumpier Old Men" were written by Mark Steven Johnson, whose grandfather--Old Man Gilbert--lived in Wabasha.  In the movies, The Glickmans lived across the street from Max and John (Walter Mathua and Jack Lemmon) and in real life lived across from Gilbert.  The main idea of the movies came from Mark's memories of times spent with his grandfather in Wabasha, and the characters in the movies were fashioned from real people who still live in town.  (No one really knows who they are, although some of us have a pretty good idea).  As for the famous insults and quips, many certainly came from Slippery himself.

The film was shot mainly outside of Wabasha, except for an opening scene in the first movie where the spire of St. Felix Church is shown.  Faribault, Minnesota was chosen for it's resemblance of a small Minnesota downtown, the train station in the opening scenes of the first movie are actually the Depot Bar and Grill in Faribault.

Slippery's Bar and Grill in the movies is really the Half Time Rec. Bar in St. Paul.  Interior shots of the homes were done at Paisley Park sound stage in Chanhassen.  The room shots were furnished with antiques purchased from shops in Stillwater.  Filming locations included buildings from all over the state: the City Center in Red Wing; a vintage drug store in Faribault; and Hyacinth Ave. in St. Paul's Lake Phalen District, which had houses of the pre-World War I era--the exteriors of the homes of the main characters.  The church in the wedding scene is from the Chisago-Lindstrom area.  The snowmobile scene, with it's snow angels and the overlook from a bluff were all shot at Red Wing at a hilltop city park.  The ice houses were all make-believe too.  The ice fishing scenes were shot on Rebecca Lake near Delano.

Sets for the movie were designed and built by Wabasha native Blain Marcou, whose dad's real estate sign can be seen in the movie.  Slippery's was fortunate to have rescued some of the movie sets before they were demolished after filming was finished.  The game room at the rear of Slippery's has the walls and windows from the dining room of John Gustafson (Jack Lemmon) and the walls, windows and fireplace from Ariel's (Ann-Margaret's) living room.  The ice house in the entry of Slippery's was in the ice fishing scene of the first movie and the ice house sitting in Slippery's gift shop can be seen through the window of Raghetti's Ristorante in the second movie.

「ラブリー・オールドメン」および「より無愛想な老人」の両方用の映画の台本は、マーク・スティーヴン・ジョンソン(祖父(老人ギルバート)はWabashaに生きていた)によって書かれました。映画に、グリックマンは、マックスおよびジョン(ウォルターMathuaおよびジャック・レモン)からの通りの向かいに住んでおり、実際の生命にギルバートから横切って生きていました。映画についての主要な考えは、マークのWabashaの中の彼の祖父と費やされた回の記憶から来ました。また、映画中のキャラクターは、町にまだ住んでいる実際の人々で作られました。(誰も、私たちのうちの数人はかなりよい考えを持ちますが、彼らが誰か実際に知りません)。有名な侮辱および皮肉に関しては、多数が確かに来ました、から、滑りやすい、彼自身。聖フェリックスChurchの尖塔が示される場合、映画は、第1の映画中の開始シーンを除いて、主としてWabashaの外部を放たれました。Faribault(ミネソタ)はそのために選ばれました、小さなミネソタ・ダウンタウンの類似である、第1の映画の開くシーンの列車駅、現実に貯蔵所棒で、Faribaultの中で焼かれる。Slippery映画中の棒およびグリルは実際に聖ポールの中のハーフタイム領収書棒です。家の内部の場面はChanhassenの中のペーズリー公園防音スタジオで終わりました。部屋場面はスティルウォーターの店から購入されたアンティークを備えていました。ロケーションの映画化は、状態の至る所でからの建物を含んでいました:レッドウィングのシティ・センター;Faribaultの中のブドウ酒ドラッグストア;またセントポールの湖Phalen地区(それは?O第一次世界大戦時代の家--主要なキャラクターの家の外部--を持っていた)のヒヤシンス通り。結婚シーンの教会はChisago-Lindstromエリアからです。スノーモービル・シーン、それで、雪天使およびoverlookで???aから、1つの、絶壁、すべて丘の頂上市立公園のレッドウィングに対する試みでした。氷家はすべてまた見せかけでした。穴釣りシーンはDelanoの近くのレベッカ湖の上で撮影されました。映画のためのセットは、Wabashaの在来のBlain Marcou(そのお父さんの不動産サインは映画で見ることができる)によって設計され構築されました。映画撮影が終了された後、それらが倒壊された前に、Slipperyは、幸運にも映画セットのうちのいくつかを救出しました。Slipperyの後ろのゲーム用娯楽室は、ジョン・グスタフソン(ジャック・レモン)および壁の食堂、ウィンドウおよびエーリエルの(アン=マーガレットの)居間からの暖?Fからの壁およびウィンドウを持っています。Slipperyのエントリーの氷家は、第1の映画の穴釣りシーンにあり、RaghettiのRistoranteのウィンドウを通して第2の映画でSlipperyのギフトショップで座る氷家を見ることができます。

 


■大草原の小さな家■



Wabashaから橋を渡って対岸のウイスコンシン州の街Nelsonまで3マイル。
そこから北へ7マイル走るとPepinという街に辿り着く。
そこから"CC"という名のCountry Roadを北に7マイルほどいくと
『大草原の小さな家』のインガルス一家の家がある。
 (まぁレプリカだと言うことですが・・・)
実際にはインガルス一家が暮した土地は複数に渡るため厳密に言うとローラが生まれた家だということになります。

”ローラは1867年2月7日に、ウィスコンシン州、
 ペピンから約7マイル(約10キロ)のところにある「大きな森の小さな家」で生まれました。”(引用)

このテレビ・ドラマは好きでよく観た記憶があるのですが別に追っかけでもないので詳しくは
下記のサイトを参照されるのが宜しいと思います。


*以下の画像はPepinの街案内誌からの引用。


*”大草原の小さな家”で検索。

*「大草原の小さな家」のページ

*ペピンと「大きな森の小さな家」


「大きな森の小さな家」



ここで敢えて話は少し逸れる。

今回の商用に研修&教育を兼ねて新人のヘクター君を同行させた。
ヘクター君は年が4歳しか違わないのに初々しいというか若い。
痩身でハンサムで知的な好青年と言った感じがする。
駄菓子菓子人は見かけに寄らないのである。
彼は現場で一仕事を終えて手を洗う段になっても洗わない。
水があまり豊富でないゴメパラの出身であるから仕方がないかもしれないが
それにしてもその外見とは違って不潔で不衛生な奴なのである。
だから彼はこの前ビザ屋でピザを食べて食中毒にかかった。
また2歳になる彼の子供もなんでもかんでも口にする年頃なのに放置していたため
高熱が出て死にそうになっていた。
知的には見えるが本当に賢いのかどうか最近は疑わしくなってきた。
まだ新人で業務内容に慣れていないからだと思い込む事で苛立ちを誤魔化してきたのだが
業務と関係ないことでもとにかくトロイ!のろい!学習効果がない!のである。
ハビエルでも最初はなんてトロイ!奴だろうか!と数年前は呆れてイライラしていたのだが
このヘクター君はハビエルの動作速度の約1/3(三分の一)なのである。
”手洗励行”ということで昼食に出る前に「手を洗え!」と指示をしてもしばらくはぼーっと!している。
嫌々洗いに行ったかと思うとトイレから十分くらい出てこない!
イライラして見に行くとまだ手を洗っている。
晩ご飯を食べて勘定を払って立ち上がろうとしてからグラスに残った麦酒を指して
「少し待って下さい、この麦酒を飲んでしまいたいです」という。
もっと早よ飲まんかい!
一事が万事こんな感じなのである。

別に彼には彼の人生があるのでどんなにトロくてもいいのだが
後数ヶ月以内に彼を一人前にしないとならないという業務命令が下っているので
こちらとしては頭が痛いのである。

試しに写真を撮らしてみたら次のとうり見事な”日の丸”写真なのである。
だから何回か指導してようやく撮れたのがこの頁の一番上に貼り付けた写真なのである。

やはりぼけーっと生きている奴は何をやらせても”酢が利かない”のである。



さてヘクター君の事はまた続編につなげるとして旅に戻る。

ローラの「大きな森の小さな家」を見た後でPepinの街に戻り街を少しだけ散策した。

「出来ればミネアポリスにあるモールに寄って買い物をしたい」というヘクター君の意見を
完全に無視してPepin湖畔(Pepin湖と言うがその実はミシシッピ川なのである)にあるカフェで昼食を取ることにした。

 ミネアポリス(或いはセントポール)にあるショッピング・モールは世界最大だそうで
 そういう所にも行ってみたかったがその希望を無視した理由は次の二つ。

*先ず時間的な余裕が無いこと。
*「買い物したい」という輩に限ってその場では迷って結局何も買えない、買わないのを知っているから。
 (付き添いでこちらが衝動買いしそうになるだろうね、きっと)
 ヘクターと昼食・夕食と数回食事を供にしていると彼の経済的活動についてその独特の匂いを
 感じることが出来たから。(簡単に言うと「ケチ」)
 ケチな人と買い物に行ってもストレスが貯まるばかりで何も楽しくないのだ。

昼食を取ったカフェ


カフェ内部


やたらと本棚があって窓際にも古い本が積まれてあった。
なんだか慇懃無礼そうな店の感じがしたがそうでもなかった。
どの客に対しても同じ態度であった。
メニューは壁に掲げられた黒板に書かれたものを見てきて注文する。
字が見えなかったので他の客が食べていたパスタを頼んだ。
それは当りで美味しかった。
パスタの上にチキンが乗っているがそれはなかなか香辛料が利いていて
美味しかった。(その前に食べたパンとサラダも美味しかった)
 *空港までの運転さえなければ赤ワインをガブ飲みしていたと思う。


食事が運ばれて来る前に窓際に積まれたペーパー・バックの一冊を手に取ってみた。
それはAlbert Camusの”the stranger”(アルベール・カミュ『異邦人』)であった。
  
   きょう、ママンが死んだ。もしかすると、昨日かもしれないが、私にはわからない。養老院か
  ら電報をもらった。


 の一節で始まるあの『異邦人』である。

 それは単なる偶然ではあるが何かを悟った気になり、食後には早々にPepinの街を発った。

  
 次の予定が詰まっているのだ! 

 


【ヘクター君後日談】

ここ数週間はなんだか色々とあって追い込まれている。
自宅に戻ってもそのままバタンQ!なのである。

酩酊した状態で気力を振り絞って書いたメールでも下記の如く支離滅裂。
酔っ払いの脳味噌の状態を探るなら先ずてめぇで酔っ払ってからメールを
書くのが一番だね。


***********************************************************

煩悩殿

”たかが野球、されど野球”への返信。


子供の頃は野球のことしか頭にありませんでした。
関西人の癖にテレビ放映の関係でV9当時(川上監督時代)の巨人軍は心底応援してお
りました。
(3番サード長嶋。4番ファースト王、レフト柳田、ライト末次の頃です。ピッチャー
は堀内でした)

でもV9の後くらいくら読売巨人軍というチームが胡散臭く思えてそれから赤ヘルの広
島東洋カープを応援しておりました。
(衣笠、山本浩二、外古葉)

パ・リーグでは南海ホークスより阪急ブレーブスを応援していました。
(山田、永池)

近年のナベツネ巨人の胡散臭さから日本のプロ野球には何の興味も抱いていませんで
した。

*F1-GpのベルギーGpと一緒で荒れれば荒れるほど面白い!
 とになくジャンジャン派手にホームラン打てばそれで宜しい!
 乱闘になればもっと宜しい!という感じで時たま野球を見ておりました。

数年前に野茂が近鉄を出てメジャーに行く段になって偏狂な鈴木監督は散々野茂のこ
とを
 こき下ろしておりました・・・しかし野茂は這い上がって来ました。
 すると日本人と日本の阿呆・馬鹿マスコミは掌を返して野茂を絶賛し始めました。
 (茶髪のボケは結局メジャーに挑戦することなく大阪に帰りました。)

今年のメジャーのオール・スター・ゲームをテレビで観ました。

イチローは確かに天才かもしれない・・・、
私はどちらかと言うと”花より団子”で
野球&ソフト・ボールではピッチャーかバッターしかしたことがない超我儘人間なの
ですが
どちらかと言うとB軍(2軍)の方で運動能力の劣るカスを集めたチームで
なんとか一勝することの方に赴きをおいてきたりしてきました。
こう言うと全然理屈が合っていないのですが・・・
イチローは天才かもしれませんが少し小利口過ぎるような気がします。
オリックスというカスのチームでバリバリやって、そして今度はマリナーズという
これまたカスで雲古みたいなチームで活躍しております。
それが男気に起因する動機でそうしていたらいいのですが
やはり名古屋の人間らしくどうも花になれない団子だけを意識している
のがその深層心理なのでは?と思ったりしております。

ナベツネが嫌いだったのでヤンキースの松井もなんだか好きにはなれませんでした。

しかし今日の試合でいいところで2塁打を打ちました。
結果5対5で迎えた11回の裏、初球?で下位打線の選手がホームランを打って試合を決
めました。

先週、今週と自宅に帰るなりバタンQなのですが、仕事が終わってから親分に招かれ

スポーツ・バーで連日野球観戦をしております。

今夜もヤンキースが勝ったの見極めて帰ってきました。

昨夜はシカゴ・カブスがワイルド・カードで出てきたフロリダ・マーリンズに負けた
試合を見てきました。

松井は花です。華々しいと思いました。

所詮スポーツなので勝てば官軍です。
(勝ってなんぼです)

イチローは天才でもやはり花がないです。
カス・チームでいくら活躍しても所詮カス連中の中の秀才です。
(まぁB軍で威張っていた小山の大将をしていた私にはその心理もよく理解できるの
ですが・・・)

シカゴには最初の年に数ヶ月滞在したのの年に一回は出張していたのでやはり
シカゴ・カブスを応援しておりました。

シカゴカブスも阪神タイガースと同じで人気ばかりで無茶苦茶弱いカスみたいなチー
ムなのですが
今年は14年振りにリーグ優勝か?と騒がれていたのですが、所詮(インチキ)サミー
・ソーサくらいしか
まともなバッターがいないので勝てませんでした。


本当の事を言うとシカゴ・カブスとヤンキースとでワールド・シリーズが始まれば面
白いのですが
結局はヤンキースとマーリンズでの闘いとなりました。


本当に”駅前!林道ズ”という野球チームを結成したくなりました。

そうそう近年まで何故どうして”○●XY”というチームが存在しているのか?その
意味がわかりませんでした。
だってスーパーに行ってハムを買う場合に野球チームがあるかどうかなんて判断の基
準にはならないです。

それが近年のインチキ・詐欺・不祥事が明るみに出てその理由がわかりました。

人間の生命の根源に関わる”食品”でインチキこいていたあんな”○●XY”なんて
ボイコットすればいいと思います。
しかし○●XYハムでもどこでもインチキばかりしているので所詮目糞・鼻糞なんで
す。

何故どうして”○●XY”が君臨してきたかの理由は明確なのですがここでは敢えて触
れません。

ここまで来たら松井を応援します。
彼は金沢経済大学付属星陵高校出身でもありますし!

****************************************

実はそのスポーツ・バーで何を語っているかというと
色々な事も語っているが最近の主題はやはりヘクター君のことであった。
試用期間も半分が過ぎ、クリスマス前には最後通告を突きつけるか
仲間入りしてもらうかの結論を出さないとならないのであった。

賢そうに見えてその実脳細胞がただのスポンジではないか?
動作速度がハビエルの1/3に満たない人間をどう鍛えたらいいのか?
というのがヘクターに関する議題であった。

そんな我々の苦悩を別に、某月某日金曜日の朝9時半頃に
唐突にヘクターの方から退職を申し出て来た。

彼を巡る打ち合わせは5分で完了しその日の午後には彼との縁を切った。

世代が違うというか、なんというか、一言で言うとドライな奴であった。

せっかく現場で教育したこちらの立場なんてどうもでいいやという感じ。
(残り数ヶ月の教育計画もあったのだ)

まぁ、小狡く、小利口に生きる若い奴の事をあれこれ言っても仕方が無いので
ヘクターに関する記憶はここでリセットする。

でもまぁ一週間前には彼と一緒にミネソタに行ったいたことも既に42万宇宙光年くらい昔の様な気がする。

ヘクターは少しだけ時間給の良い組織に移るらしい。

目先の利に目が眩む単純な人間の事をとやかく言う権利はない。

所詮他人の人生だ!

でもまぁ冷静に考えたら、ヘクターの姿が氷河期に向かう間抜けな草食恐竜の姿にダブった。
 (まっすぐ行けば芳醇な水と緑に恵まれているのに彼は茶褐色の荒れた大地を行き、
  その後には氷河期が待っている。ただ今の彼には金色に光る蜃気楼が見えているのだろう)

(その動作速度で他の組織でやって行けるのか?またすぐに失業するのでは?と思った。)




     
Copyright ©
1989-200
3 Ekimaerindo   All Rights Reserved.