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英蟯虫:1994:


Date 1994/X.

■トルコ風呂通いの夏■


トルコ風呂通いと言うとなんだか風俗店通いみたいだがそう感じた人は旧い世代の人間である。
今ならソープ・ランドと言わないと通じないかもしれない。

あの夏、イスタンブールで連日トルコ風呂に通っていた。
毎日毎日同じおっさんに体を洗ってもらい、そして大理石の上に大の字になって昼寝をした。

中はこんな感じである。
支払った額は一回につきUS$30だったと思う。
 諸物価から判断すると割高であるが貞操を守るためには仕方が無いと割り切った。
勿論もっと安いところがあるのだがそういうところは同性愛者の溜まり場で
十中八九おっさんに輪姦されると聞いた。




イスタンブールの市場


ドルマ・バッチェ宮殿


イスタンブールでよく歩いた裏道
 アヤソフィア寺院が見えるこんな裏道を気に入っていた。

 

 貴重な写真がまだまだ沢山あるがここでは公開できない。

 


ノルウェーの林:第5章からの抜粋   

 しかし夏休みを特殊都市で過ごすのには抵抗があったのでなんとか脱出を試みた。それで急遽、イスタン・ブールに飛ぶ事にした。冷房が結構効いてビールをがぶ飲みした僕は雲古がしたくなってトイレに行った。やがて飛行機は着陸体勢に入った。グルグルぐるうぅ、とまたしてもお腹が痛くなって来た。もう既に「シート・ベルト着用」のサインが出てスチュワーデスも席についている。思わずトイレに駆け込んだ。見事な下痢だった。スチュワーデスが飛んで来てガンガンガンガンとトイレの扉をぶっ叩きながら「何やってんだ、早く出てきて席にすわりやがれ、馬鹿野郎!」と叫んでいる。僕は英語で雲古をしているという表現を知らないので、「
I am doing Now !」と叫んだ。でもスチュワーデスは「非常事態だからつべこべ言わずすぐに出てこい」と叫ぶ。僕も「こっちも非常事態だ」と叫ぶ。しばらく僕は下腹部を押さえながらこんなやりとりを続けていたが、やがてスチュワーデスは諦めて席へ戻った。やれやれ、と思ってしばらくすると、僕が下痢雲古をしている最中に飛行機は無事着陸した。お尻を拭いて通路へ出ると件のスチュワーデスが僕の方に軽蔑した冷たい視線浴びせて「楽しんだかい?」と呟いた。自分の座席まで戻る時に、僕とスチュワーデスのやりとりの一部始終を見ていた観客は一斉に拍手した。僕はトイレがあったら入りたかった。

 今までに色々な所で雲古してきた。中国の列車のトイレでも朝起きてからすぐにいつもの様に済ませた。水と叱呼と雲古だらけで足の踏み場が無い列車のトイレの中で自分の位置を定めてゆったりとした。股ぐらを覗き込むと枕木と石が見えた。激しく揺れるている状態では上手に真下に投下するのは難しかったような気がする。それにしてもワザとしたのではないかと思えるくらい便器の縁から遠いところに、てんこ盛りの雲古が何カ所も盛っているのは流石中国だと思った。中国の街中のトイレは近づくだけで鼻が曲がるくらいの強烈な匂いで、ほとんどが大部屋なので最初はなかなかそこで雲古をするのには抵抗があった。しかしそれに馴れると、平気になった。翌年行ったインドのトイレの方が随分清潔な感じがした。

 ポッチャントイレ、かわや、ニュートンの法則は理解出来ても総量も色も確認出来ない。他人のモノの匂いしかわからない。多くの西洋式の水洗トイレは水中に落下するので比重くらいしかわからないが下痢した時はマシンガンをぶちかましたみたいで後が面倒だ。和式の水洗便器は総量や色の確認が容易だがいつまでもトイレの中に匂いが残る。究極のトイレ探しもいつかしてみたい。


 

     
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